2000年春台東知本でのライブ

2000年 4月 2日 台東県知本にて

*********会場へ**********

知本というところは、温泉で有名なところで台湾南東部の台東市から南に20キロほど下った山のなかにあります。原住民の言葉で「温泉」を意味する「ちっぽん」という言葉に日本人が「知本」という漢字を当てたらしい。それが今では「じーべん」という中国語の発音で呼ばれているということなのだそうだが、そんなわけで、温泉郷でのコンサート。

はじめは、野外のコンサートかと思っていたのですが、98年に新しくできた温泉リゾートホテル「知本富野国際渡暇飯店」にあるディスコPUBでのコンサートということで、入場料は800元。かなり高め。

当日、台湾は丁度、清明節の連休にあたり、知本にも車があふれていた。

ホテルの外には「今日は陳昇のコンサートがあります」という内容の垂れ幕や、ポスターが貼ってある。

「金灘」というPUBは地下1階にあり、入っていくと、縦に細長い作りになっていて、手前にバーがあり、一番奥にステージがある。ステージの前はダンスフロアとして若干スペースが空いており、その後ろから円くテーブル席がある。立ち見を抜かせば150人から200人くらいでいっぱいになりそうな感じ。

 夕食をとっていた関係で、少し遅れて入ったために前の方の席はもう埋まっていた。ステージ真横の席に座る。スピーカーよりも前なので、音はチャンと聞こえるのかしら・・?

9時開演となっていたが、始まったのは9時45分頃だった。

 

 

*********開演**********

バンドのメンバーと一緒に入場し、軍隊の行進のように1列に並び、アカペラで歌う。軍歌かな?とにかくそんな感じの曲。

知らない曲でした。台湾の人は知ってるのかな?

阿VONが指揮者のように前にたつ。阿VONは三宅イッセイのプリーツみたいな服を着てるんだけど(この服は年末の新舞台でも着ていました)なぜか腰にはおきまりの手ぬぐいがぶら下がってる。かっこいいんだか悪いんだか。

陳昇は黒っぽいシャツに、膝丈パンツに素足に運動靴。

 

*********バンド**********

バンドは、最近の不動のメンバー。

ギターは陳傑漢(小傑)、銀行に勤める傍ら陳昇のステージに参加しているハンサムなお兄さん李國禎、ベースは今回も金髪だった趙家駒、キーボードは年末の新舞台から参加している体格のいい学生さん(には見えないけど)周恆毅、総統選挙では阿扁陣営のキーボード奏者だったとか、阿扁の物まねが上手でした。
ドラムはいつも変わらぬ小伍こと李盛佑、コーラスは可愛い白佳Y、それに阿VON.

 

*********演奏**********

演奏は、いつもと変わらず、いい感じで進んでいきました。アカペラの次は「恨情歌」。会場にばっと飛び出す「紅色気球」もうここで、陳昇は汗びっしょり。JAZZにアレンジされた「然而」などなど。

中盤「風箏」では場内を隅々までねり歩いて、後ろの方のお客さんともコミュニケートしてました。後ろの方でかたまってみていた、女の子とは抱き合ったりして。

曲の順番などはほとんどおぼえていませんで、今回はそういうレポートにはならないんですけど、特筆すべき事がいくつかあったので、順不同に思いつくままあげたいと思います。

ショウの構成は2部でした。1部が終わって、バンドが去ると、暫らくディスコになってました。

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○原住民の女の子たち○

原住民が多く住むという台東という土地柄か、阿VONがギターを抱えて原住民の歌とか踊りの歌とかを何曲も歌った。その時間はすっかり原住民TIMEとなり、前の方に座ってた女の子たちがステージ前にでて手を取り合って、踊り始めた。多分、これは大勢で輪になって踊るのが本当なのかな?

その女の子たちに陳昇もはいって、手をつないで飛びはねてた。音楽はどんどん速くなり、ステップが大変になる。若い女の子に混じって陳昇もとっても楽しそう。

 

 

 

○ダンスフロア○

「多情兄」だったか、新寶島康楽隊の曲にあわせて、陳昇がある女の子の手をとり一緒に踊り始める(こんどのは西洋風のあれですね)

ワンコーラス終わって、陳昇はステージに戻ったけど、いきなりお客さんからのダンスの飛び入りもあった。いきなり、カラオケクラブの雰囲気に・・・。この飛び入りには陳昇もびっくり、終わったら拍手を送っていた。

その後も、陳昇は何人もの女の子を誘っては一緒に踊ってた。

 

○ライブで練習!?○

中盤になると、バンドのメンバーが次々にステージに座り始め、歌ってる陳昇や阿VONは立ってるんだけど、めいめいに煙草を吸いながら、床に腰掛けて演奏、なんだかとってもくつろいでる。

伴奏は「把悲傷・・」をひいてるのにいつまでも「風筝」を歌ってたり、「新楽園」では小伍までもが歌詞を忘れ、途中から演奏だけになるし・・。ソロの長まわしも、打ち合わせてあったというよりは、その場のノリって感じ。

「世界中見まわしても、自分達みたいに、ライブ中に練習できるバンドは、ないだろう」といって威張ったとか・・・。

○物まね大会○

機嫌がいいというのか、ふざけてるというのか?

この日、陳昇はかなりハイテンションで、ニコニコニコニコして、客席に向かって手を振り「謝謝!謝謝!」を繰り返す。会場は大受け、何かと思ったら選挙の時の阿扁の物まねだった。

キーボードの周恆毅は阿扁の演説のまねをしていた。(これはよく似てたのでわかった)陳昇と何かやり取りをしていたけど、その会話は聞き取れず。(MCもすっごく多かったのだけど、ほとんどわかりませんでした。毎度の事ながらくやしい・・)


何の曲でだったか忘れたけど、(阿VONが歌ってた時かも)陳昇が曲の途中で、変な踊りをはじめた。「大きなくりの樹の下で」みたいな、マカレナのようなお遊戯チックな振り。舞台のそで近くに座ってた私たちの方を見て「一緒に踊れ」というような身振りもする・・。
「なに?あれ何なの?」と隣の人に尋ねたが、最初はわからず。陳昇は執拗に何度も繰り返してる・・。

「あ!伍佰の『上帝救救我』だ!」と誰かが言う。
なるほど〜。でも全然違う歌なのに〜〜。

 後半、かなり壊れかけてきた昇にいさん。

ビール瓶を片手にギターを抱える。と、いきなりビールの瓶で、ネックを押さえて、弾き始めた。あ、伍佰がよくやるやつね。でも、曲になってないよ!

客席は受けてる。マイクスタンドにギターをこすりつける、モニターにも、そして終いには、床にこすり付けてました。

「以上、伍佰のまね。あいつ、いつもこんな事やってるだろ?」


客席からは「伍佰!伍佰!」の掛け声。


「周華健もやって!」と声がかかる。

「周華健も歌詞をよく忘れるから! 」

でも、周華健のまねはやりませんでした。

 

○酒○

禁酒・禁煙・禁ビンロウだった「新舞台」と違ってPUBでのライブだから、酒はのみ放題。

陳昇は自分の分だといって、タイガービールをケースでステージに持ち込んでいた。後半、「飲みたい人は持って行っていいよ」と客席に振る舞ってくれた。

陳昇は客席から差し入れられたテキーラとかも飲んでたなあ。ぽんってやるやつ。

  

 

 

○トイレで○

阿VONが歌ってる間、トイレに行った。
トイレの前で陳昇がサイン攻めにあってた。
女の子達に取り囲まれて楽しそうでした。
みんな服にサインしてもらったり、一緒に写真取ったりしてました。

わたしは、阿VONを聴きに早く戻らなくちゃ!と一瞬いい子になってしまったので、チャンスを逃してしまいました・・。今考えるとちょっと、残念。

※写真はトイレ前のものではありません。客席の各地でもサイン攻め。

 

*********終演**********

「SUMMER」で、場内みんなで飛び跳ねて、踊って。長かった第2部が終り。
アンコールを叫ぶお客たち。スタッフの人が割合すんなりでてきて

「3分休憩」

 アンコールに出て来た陳昇は、手に薔薇の花束を持っていた。歌の準備をしてマイクを持ち、とても嬉しそうに話し始めた。(この部分なぜかわたしにも聞き取れた)話し方が、とてもスイートで、これがお兄さんの本質ね!と思わずにはいられない。こわいこわいと思っていたけど、やっぱり、とっても優しい人なんだな。

「この花は、さっき「台東基督教医院」の友達が持て来てくれたものです。(あ、そう言えば1ステージめが終わる時、花束を持って来ていた人がいた)この花を、みんなに返そうと思います。」

そう言って、その6〜7本の薔薇を客席の女の子達に配っていった。

見ててほんわかとなる光景だったなぁ。

 

そして曲は「別譲我哭」と「一百萬」。

おわって、時計を見たら2時半近かった。ふ〜。

陳昇はこんな事も言ってた
「台東と緑島は遠くないから・・・・今度の夏は緑島でコンサートをやりたいと思ってる・・・」

それで、観客達は口口に「緑島見!」と声を掛け合って、帰途に就いたのでした。

ほんとにあるのかしら?これまた、日本から行くには遠いところですね。

 

写真撮影:老007、楽、YOKO (「昇網」、「陳昇香港網」協力感謝)

 

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