アメリカ旅行記「スモールタウン」

 

1987年8月8日(土)セントルイス

朝6時前に起きてしまった。朝食、荷造り諸々を済ませても7時前だった。4日間滞在したセントルイスを離れて今日は、インディアナへ行くつもりだ。泊まっているユースのフロントが開くのは7時からだったはずと思ってゆっくり、フロントへ行く。7時をまわってもおじさんは出てこない、このまま出ていっても良かったのだけど、ユースのカードは旅の記念だし、やっぱり返して欲しいと思って、キッチンにあった公衆電話からユースの番号に電話をかけた。

あは!おじさんはやっぱり寝坊したらしい。寝ぼけまなこをこすりこすり出て来て、カードを返してくれた。

 

ユースを出てバス停へ行くと、昨夜キッチンで一緒になった時、パンをおすそ分けしてくれたオーストラリア人のお兄さんが一人で座っていた。「おはよう」と声をかけると、わたしの手にユースのカードがあることに気付き「あ、フロント開いたんだ?」と、ユースに引き返していった。彼もカードを返してもらいたかったらしい。

 

一緒にバスに乗る。彼もこれからインディアナポリスに行くのだそうだ。そこに彼のおじさんがいるらしい。思いがけず一緒の目的地で話が弾む。「ねえねえ、ジョンクーガーって知ってる?わたしは彼のファンで、とりあえず彼のスモールタウンが見たいと思って、インディアナにいくんだ」とふると、「オーストラリアでも人気があるよ。去年はコンサートもあったし」とか言っていた。ふむふむ。

 

インディアナの後ニューヨークに行くらしく、わたしはもうNYには行ってきたところだったから、タイムズスクエアのユースの場所などを教えてあげる。わたしもそこのことは、ボストンのユースで一緒だった人から教えてもらったのだった。こういう情報交換はためになるし、ガイドブックより正確で新鮮だ。

 

飛行機でインディアナポリスに到着。重たい荷物はコインロッカーに入れて、まずインフォメーションへ行く。旅行中に学んだ方法だ。荷物が重いと、行動力が鈍るから、良い宿も捜せない。

とにかくダウンタウンへ行く。なかなか手ごろなホテルが見つからない。1泊8ドルのやす〜いホテルが1軒あったけど、よく映画なんかで見るような浮浪者の溜まり場のようなホテルで、ドアには鍵の代わりにひもがついてたりなんかして・・・・ちょっと独りでは泊まれない様なところ。ちょっといいかなとか思う普通のモーテル風のところは47ドルとかって言われて、今度は高すぎ。

電話帳で調べようかなと思って、ジュースをかって公衆電話のところの電話帳をぱらぱらめくっていたら、一人のおばさんが親切に声をかけてくれた。「なにかこまってるの?」

「ええ、宿を捜してるんですけど、手ごろなところが無くて・・」

じゃあ手伝ってあげるわと言うことになり、いろんなところに電話してくれて、いろいろ世話を焼いてもらいました。結局、どうやらインディアナポリスでは何か今イベントの真っ最中らしく、宿代がどこも高くなってるとか言う話で、郊外に行った方が安く泊まれるのでは、という話だった。

じゃあ、ブルーミントン(これはジョンクーガーの「スモールタウン」シーモアに一番近い街)に行きます。というと、そのおばさん(看護婦をしていると言ってた)はバスディーポまで車で送ってくれて、もしどこにも泊まれなかったらTELしなさい、泊めてあげるからと言って電話番号をくれた。

 

グレイハウンドでブルーミントンへ行く。ビルも何も見えないすごい田舎だ。宿はあるのだろうか?わたしは見るからに一人旅の 「JAPANESE GIRL」だから、さっきのおばさんもそうだけど、よく声をかけられる。勿論、危なそうな人からもかけられるが、普通の人からもかけられる。

バスを降りると、ジーザスクライストスーパースターのような長髪の青年が声をかけてきた。この街の人らしい。お決まりの質問「何をしにここにきたの?」と聞かれたので、待ってましたとばかりにジョンクーガーの話をする。「彼のファンで、一度彼のスモールタウンを見たいと思って、ここに来たの。」というと、「OH!ジョニークーガーね!彼は今ここに住んでるんだよ。良かったら明日案内してあげるよ。」ととても嬉しそうだ。わたしはついでに「この辺に安いモーテルかなんか無いですか?」と尋ねると直ぐそばのモーテルを教えてくれた。「このモーテルは一番安いよ。」と客引きのようなことをいっていたけど、20ドルだった。でも広くて気持ちの良いところだったので、ここに泊まることにする。

グレンさんと言うそのキリスト風のお兄さんは果たせるかな教会関係の仕事をしてるらしい。わたしに神を信じるかとか、宣教師のようなことを聞いてきたりした。

グレンさんとは電話番号を聞いて明日また会いましょうと別れ、街を散歩してみる。来るまで知らなかったけど、ここブルーミントンはインディアナ州立大学のある大学街だった。すごく田舎だけど、それなりのものはそろってる。

 

8月9日(日)ブルーミントン

起きてみると雨だった。午前中は洗濯したり、大学の広い構内を散歩したりして過ごした。アメリカに来て、UCLA、ハーバード、アリゾナ州立大、コロラド州立大と、いろいろな大学を見学してきたからもうそれほどめずらしさはない。でもやっぱり広くてとってもきれいだ。

雨が降ったせいかひどくむしむしする。いったん宿に帰ってシャワーを浴びた後、昨日のグレンさんに電話をする。2時ごろ宿に来てくれることになる。

 

グレンさんは、結構ものの分かったひとで、一人きりではわたしが警戒するだろうと(もちろん警戒しますよ)昨日のうちから友達と一緒に来てくれる話になっていた。やってきたのは州立大に留学してると言うシンガポール人のシェリーンと言う女の子。ブルーミントン郊外へ。シェリーンのおかげでわたしもすっかり打ち解けて、ドライブを楽しむことができた。

ブルーミントンの郊外は山あり谷あり、かなりHILLY。近くには石切り場があった。日本語ではなんと言う石かは分からないけど、ライムストーンという白い石。エンパイヤーステイトビルも、州立大の建物もここの石が使われてるそうだ。そてと、わたしは見たこと無いけど、ジョンクーガーのMTVのなかにここで撮影したものがあると説明してくれた。

ジョンクーガーの家にもつれていってくれた、とは言っても勿論グレンさんも彼の友達ではないから、門のところまで。大きな家らしく、門から奥には樹が生い茂っていて何も見えなかったんですけどね。それでもなんだか嬉しかったです。

 

その後は3人で街に戻りレコードやに行ってジョンクーガーのLPを買って、大学へ。この大学のUNION(生協みたいなものかな?)はすごかった。高級な感じのレストラン、ホテルもあり、建物がすごく荘厳な感じさえする。バスケットボールは全米1だとかでとても立派なアリーナがあった。その後シェリーンの住む留学生宿舎へ行く。日本人も大勢いた。学生で作るグループ「ソロリティー」の話など興味深かったけどグレンさんはそういう組織に否定的だった。「They are crazy..!」と言っていた。なぜかしら??

 

お蔭様でとても楽しく過ごすことができました。ありがとうグレンさん。

 

8月10日(月)

いよいよ、ジョンクーガーの「スモールタウン」、彼の育った町シーモアへ来ました。(グレイハウンドで)思ってたより割と大きい街。デビュー当時の歌に出てきたチェストナット通りも発見した。嬉しくて通りの果てまで歩いた。町外れには小さな公園があり、子供たち用の遊具がある。この辺まで来ると散歩のための公園じゃなくて、ほんとに近所の子供のための公園だ。

端から端を歩いて1時間とはかからないようなそんな街だ。商店街のインテリアショップを覗くと、パネルにシーモアの地図がある。よく見ようと中に入ると売り物だった。地図だけなら5ドル。シーモア中のお店が電話番号入りで乗ってる絵地図。

 

3時間もいたらすることがなくなってしまった。またグレイハウンドに乗ってインディアナポリスへ。ほんとに「スモールタウン」歌の通りの街だった。

 

SMALL TOWN (John Mellencamp)

おれはスモールタウンで生まれた。そしてそこに住んでいる。

そして、そこで、死ぬんだろうな。スモールタウン。

おれの友達も、みんなここに住んでいる。おれの両親もだ。

おれはこの街で仕事をしている でも、あんまりでっかいチャンスがないんだ

スモールタウンで学校に行った この街でイエスに対する畏怖を教わり

よく空想にふけったものさ ロマンチックな男の子とはおれのこと

まあ、この街で見るべき事は全部見た それにここで楽しんだぜ

L.A.で人形みたいな女に出会って 彼女をこの街に連れ帰ったんだ

今では、彼女も俺みたいに「スモールタウン」してる

おれは、自分がどこから来たのか忘れられない

おれは、自分を愛してくれた人々を忘れられない

ああ、このスモールタウンじゃ、俺は自分でいられるんだ

それにみんな俺のやりたいようにさせてくれる

大きな街のことを悪く言ってるんじゃない

誰が大きな街にいるのか、気にとめるほど いろんな事を見たわけでもないし

おれの彼女 、スモールタウンにいるんだ おれ、それだけで十分さ

そう、おれはスモールタウンの生まれさ

この街で呼吸している この街で死ぬんだ

そして、この土の下に眠るんだろうな

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