韓国旅行記〜プサン駅での出来事

その1

 

釜山に夜行列車で到着した朝、しっかり寝過ごした。だいたいソウル〜釜山間なんて5時間くらいしかかからないのだから、寝るひまなんて、あったもんじゃないのだ。

 

「ソンニム!ソンニム!(※お客さんの意)」と声をかけられて、とび起きたものの、列車はとうにホームを出て車庫に向かうところだった。慌てて荷物をまとめて降りようと思ったけど、車内の異常な乾燥のために、一週間連続装用可のコンタクトレンズが両眼とも、ぽろっとはずれてしまった。ずっとコンタクトはめてるつもりで眼鏡を持ってこなかった私の視力は裸眼で0.05くらい。ほとんど何も見えない。

 

ろくに見えない寝ぼけまなこで、走り出した列車から飛び降りようとしたら、車掌さんに止められ(当たり前)、結局車庫まで連れて行かれてしまった。

ホームから遠く離れたところで降ろされ、何だか情けない気持ちで小雨降る釜山駅のホーム目指して線路を歩く。

ようやく駅舎に入り、トイレで新しいコンタクトレンズを入れ、荷物をつめ直している時に「あ、ゆうべはいてたGパンがない」と気づいた。

 

寝台に置き忘れてきたんだ。あ〜何たるドジ!今日は寝起きからついてないな〜(というか、自分が悪いんだけどね)などと思いながら、とりあえず駅員さんに尋ねてみる。

 

「あの〜、さっきソウルから着いたんですけどぉ、列車の中に忘れ物しちゃったんですー。どうしたらいいでしょうか?」しかし、私の超つたない韓国語ではなかなか伝わらなかったらしく・・・・・保線係の小屋のようなところに連れて行かれた。(一応あちこちに電話したりしてくれたのですが・・・)

 

「ここに日本語の話せる人がいるから、待っていなさい・・・」
「はあ・・・すみません。」

 

金さんは60年配の小柄なアジョッシだった。私はまたはじめから事情を説明した。(日本語で)すると金さんは一緒に探してくれると言う。雨がだんだん本降りになってきたので、事務所にあった傘を借り、たくさん列車が止まっている車庫へ向かう。その朝、ソウルから釜山に着いた列車は何本かあったようで、しかも夜しか使わない寝台車はすでに切り離されていてなかなか見つからない。いろんな列車に上ったり降りたりしながら、金さんは日本に住んでいたときの話を聞かせてくれた。

 

「17歳までは名古屋にいました。そして釜山に来て、その頃は韓国語が上手に話せなかったから大変でした。」

「今はもう定年も過ぎたけど健康のために仕事を続けてるんです。」

 

やっと捜し求める私のGパンが見つかった。

お礼を言いつつ保線係の事務所へ戻ると、金おじさんは紙に釜山市内の地図をい書いてくれて、日本へのお土産にはスーパーマーケットで売ってる紙パックの真露が安くてしかも喜ばれると教えてくれた。ひらがなで「しゅぅぱ」とまで書いてくれた・・・・・。(「スーパー」のことと思われます)

そのうえ、金おじさんはわざわざ駅舎の外まで見送ってくれた。

「私のドジのせいですっかり時間を取らせてしまった。申し訳ありませんでした。ほんとに助かりました。有難うございました。」と何度もお礼を言って別れたけど、真露は結局買わなかった。

その2

釜山駅前で、金おじさんに何度も何度もお礼を言っていた時(もちろん日本語で)一人の若い韓国人のお兄さんにからまれた。私と金おじさんが日本語で話しているのが気に障ったらしい。

「ここは韓国なのに、どうして日本語で話すんだ?失礼じゃないか!」と言っているようだった。

金おじさんは、「気にするな」 と私に目配せをして、その若者を無視してにこやかに去っていったが、一人残ったわたしに彼は更にからんでくるのだった。

私も韓国では、つたないながらも極力韓国語を話すつもりでいたけど、金おじさんは私のために親切で日本語を話してくれていたのだから、それに敢えて韓国語でこたえるのも不自然だと思ったのだった。

その青年の態度は、とてもぶしつけで不愉快だったが、なるべく丁寧に

「ええ、私もそう思いますよ。」と韓国語で言うと、彼はそれ以上言う言葉が見つからなかったのか、ぶつぶつ言いながらどこかへ消えてしまった。けんかを買わなかったからつまらなかったのか?それとも、韓国語が分からないと思って、好き放題いってたのに、韓国語で応えられて、ばつが悪かったのか・・・

というほど韓国語が話せるわけでもなかったのだけど・・・。

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