1998年陳昇跨年コンサート

 

1998年1月1日午後6時45分。台北国際会議中心(TICC)へ。

 

入り口でカメラチェックをやってました。
国際会議中心は、有楽町の国際フォーラムと作りが良く似てる。
入場するには、どんどんエスカレーターで上に上がって行かなくてはならないのです。
(途中にはたくさんのホールや会議室があるらしい。)

 

何をしに行ったかというと、陳昇のコンサートを見に行ったわけです。
その2カ月前、まるで雷に打たれたように、突然陳昇の大ファンになってしまいました。
それからというもの、タワーレコードやらHMVやらの大手CDショップヘ通い、CDを買いあさり(といっても日本で買えるのは多くないんですが)仕事中もカーステでかけまくり(当時は毎日客先へ行くのに50〜150kmほど運転していました)、帰宅したらしたで、毎晩コンサートのビデオ(このころ2年分発売になっていました、今でも増えていませんが)を見て、と、まるで熱病のようで、まわりの人々にあきれられておりした。

まだ当時は、コンピュータも持っておらず、インターネットもやっていなかったのですが、知人から陳昇のコンサートがあると教えられ、いても立ってもいられなくなりました。

パソコンを持ってる友人宅に押し掛けて、インターネットで、注文方法を調べてプリントアウトし、家に帰って辞書を片手に、なんとかわからない中国語を解読して、申込用紙を書いて、FAXでチケットを申し込み、年末の高い飛行機代を払って、大晦日に台北に一人でやってきたのでした。

---始めての台湾への一人旅、コンサートが終わって一人でホテルに帰るのコワ〜イ!
ということで、ホテルもコンサート会場横のグランドハイアットに一人で泊まったから、高かった!

 

私の席は、6列目の9番、日本からFAXで申し込んだチケット1500NT(約6000円)。

9番なんてどんな端っこかと思ったら、ここの席順は中央から1.2.3・・・・と左右に広がっていく方式だったため、真ん中のブロックの中心から5番目のいい席でした。

---その後いろんなところに行きましたが、台湾の席順はほとんどそうみたいですね。
ステージに向かって右手が偶数席、左手が奇数席で、中央が若い番号なのです。

 

当時、陳昇のファンなんてまわりに一人もいなかったので、

「どうしても陳昇を好きな人と話がしてみたい!」

ということでとなりのお兄さんに話し掛けてみました。
英語はあまり通じなくて、筆談になりました。
隣の人も一人で来てる人で、毎年全回見てるとのこと。
(陳昇の年越しコンサートはこれで4回目、毎年3日間やっている)

うーん、いきなりコユイ人にあたってしまいましたね。
考えてみれば、この席は一番高い席なのだから、それも納得できますね。
なんだか嬉しくなってきました。

ここにいるのはみんな私と同じ「陳昇ファン」なんだ〜〜〜!!

 

8時近く、コンサートが始まりました。

 

ドキドキ、初めての生陳昇です。
めちゃくちゃ緊張。

 

今回の陳昇はすごい格好。

青く塗った髪の毛をパンクに逆立て、黒いシースルーのシャツ、腕にはタトゥー、ぴちぴちのスリムなパンツ。
今まで、コンサートビデオなどで見ていた「コットンシャツ大好き」って感じとはがらりと印象のちがういでたちでした。

 

1曲目は「関於男人」。

大きなアームチェアーに沈み込むようにして歌ってます。
曲が終わっても、客席に挨拶するでもなく、どんどん歌いすすみます。

「え?こんな感じなの?挨拶もなし?」
会場はピーンと張った空気のまま、わたしの緊張も全く解れません。

 

けだるい、JAZZYなアレンジで何曲か歌った後、劉若英が出てきました。可愛い。
ショートヘアーで「乱弾」というバンドをバックにつけて2曲歌いました。

この間、陳昇と恨情歌のお兄さん達は休憩していたらしいのですが、舞台のそでからお酒を持って来て、乱弾のメンバーになんくせつけて飲ませるといういかにも東洋的な儀式(?)もありました。

YOKOの想像によるMCの内容
陳昇「だれだ?このバンドは?」
劉若英「この人達?私の新しい友達なの」(このときのレネかわいかった)

そのあと「乱弾」が台湾語ロックなどを何曲か歌いました。ちょっと伍佰チック。

 

コンサートはどんどん進み、中盤で陳昇が着替えて出てきました。
赤い柄物のGパンに白いシャツ、その上にベージュ色のあみあみのタンクトップみたいのを着ている。今度もヘン。

でもそんな服でも歌うのは「最後一次温柔」「把悲傷留給自己」などの懐かしラブソング。

 

それからどうなったか、曲名などはあんまり覚えていません。

わたしの席のちょうど真ん前に、ステージが少しせり出していて、何度もそこに立って歌ってくれたので、かなり熱い視線を注いでいたことは、ぼんやりっと憶えているんですけど(笑)

 

任賢齊や、陳昇の事務所の新人達、阿VONなどが登場してそれぞれ歌いました。

トレイシーホアンも出て来て、持ち歌(今にして思えば「我曾愛過一個男孩」をうたってたんだろうな〜)のほか、陳昇とデュエット(「離開NI走近NI」)もしてました。

 

陳昇のヘンな衣装はその後も何度か変わりました。

黒のランニングシャツに白黒グレンチェックのスリムパンツに真っ青なジャケット。

変な顔が書いてある白と赤と青のTシャツ。

髪はその都度、撫で付けたり立たせたり、青くなったり。

 

延々と歌い続けて、終わったのは12時過ぎてました。ふーーー。
4時間もやってたのね。見てるこっちも疲れた・・。これを明日もやるのね。

わくわく・・・というより、ボーゼンって感じでした。
はじめてみた陳昇の印象はというと・・・、まず「頭が大きい」(笑)。
ビデオでも思ってたけど、「いい人」って感じじゃない。
自分の世界がハッキリしていてとっつきにくい人。

わたし自身が思いっきり緊張していたせいもあると思うけど、なんだか寂しい気がした。

コンサートの間中、あんまり笑うことも無く、厳しい顔付きの陳昇だった。
新宝島の黄さんが、いなかったことも関係あるのかな?

一言で言うと・・・

「陳昇こわかった。」

 

 

 

1998年1月2日、わたしにとっての2日目。(コンサート自体は3日目の最終日)

 

開演前に受付で売っていたTシャツを購入。300NTでした。ポスター付。
言葉が分からなかったので「香港人か?」と聞かれました。日本人だと言うと、ちょっと驚かれる。

 

会場に入ると、昨日隣だった人も来ていて、手を振ると気付いてくれました。

なんだか連帯感。

今日の席は、3列目の10番。
昨日より前だし、隣は花道みたいなステージから繋がってる通路、もっと間近で見れそう。
わくわく。

 

今日の隣の人も、一人で来てる人みたい。
「ひとりですか?」と中国語で聞いてみるが通じない。
は〜やっぱり付け焼き刃はだめですね。
英語で聞き直してみる。

すると・・・・いきなり今度は、「日本人ですか?」と日本語で聞き返された。

 

聞けば、彼はお母さんが日本人だとのことで、日本語がしゃべれる人だったのです。
なんてラッキー!

---この彼がそのずっとおつきあいすることになる「MASAO」くんです。
この日の彼は、仕事帰りにコンサートへ直行したという出で立ちで、かっこいいスーツ姿でした。
このひのことはMASAOくんのHPにも書かれているので、リンクしておきますね。

 

日本人が一人でこんなところに来てるって言うのが、オドロキだったらしく、

「どうして陳昇がすきなんですか???歌詩の意味が分かりますか?」

など、いろいろ聞かれた。彼も毎年見に来てるらしい。
時の氏神。途中のMCを訳してもらえないかとお願いしました。

 

コンサートは昨日の通りに始まりました。

1曲目は「関於男人」。
「この曲は男の不安な気持ちを歌ってる歌ですよ。」
と隣の席の人が説明してくれました。
その後彼は陳昇と一緒に歌っている。

 

昨日の緊張感もいくらか和らぎ、今日は結構楽な気持ちで見ることができます。
これなら楽しめそう。
昨日は見れば見るほど、なぜか寂しい気持ちにさせられました・・・。

構成は、昨日とほとんど同じ。

ゲストがちょっと増えてて、カレンモクが出てきたり(すっごくスタイルがいい!のね)、

6人いる新人も昨日歌わなかった人が出てきたりしたところが違ってました。

あと、王識賢が出てきた。
知らない顔だったので、隣の人に教えてもらったんですけど。

 

陳昇も昨日よりいい顔してる・・かな?
昨日よりは楽しそうにも見える・・よね?
でも、昨日より前の席だったためか、陳昇と目が合ったような気がすると、あまりのするどい眼力に、ついついそらしたりして。
結局やっぱり怖がってるわたしなのでした。

---ほんとに「射るような」「心を見透かされるような」そんな目をしてるんですよ!
これはその後何人もの人の賛同を得られたので、確かだと思います。
で、それが魅力でもあるんですけどね。こっちの心が弱いと(?)たじたじなのです。

 

それでも最後の方、「SUMMER」では、会場総立ちになって観客のノリも良くすご〜〜く楽しかったのです(前日はは誰も立ちませんでした)。

---「SUMMER」が始まって、陳昇が客席に飛び出していって、バンドの人がそれに続いて客席にも広がって演奏したのですけど、そのときにギターの人と目があって「立って立って!」といわれました。今にして思うと、あれが楊老師だったのですね。

 

アンコーールの最後の曲、「20歳的眼涙」では、握手もしてもらった(きゃっ!)。

それまでも、会場中を縦横無尽に動き回って歌う陳昇には、いろんな人が手を伸ばして、握手したり、ステージに花を持っていったり。
いろいろしていたのは見てたんですが・・・
実際わたしの横も何度も通ってくれてたんですけど、ちょっと勇気が無くて・・・・。

 

で、もうこれが最後の曲、もう2度とこの人のコンサートに来るかも分からないし(なんてそのときは本気で思ってたのです)ラストチャンスとばかり、間奏で花道を歩いてくる陳昇に向かって、思い切ってすっくと席を立って手を伸ばしてみました。

 

彼は、私に気がつくと立ち止まってはくれたのですが、怪訝そうな不思議な表情でわたしの顔を、じっと数秒間にわたって眺めるばかり。
わたしは、ここであきらめてなるものかと、手を伸ばしたまま。
(こわかったよ〜〜)

やっと、こちらに来ててを伸ばそうとしてくれた時に、隣の人が「彼女は日本から来たんですよ」と話してくれた。
わたしも何か言えば良かったんだけど、固まってしまって何も言えず、陳昇は陳昇でにこりともせず。最後まで不思議な表情でした。

でも握手はしてくれたのでいいのですが。

 

そのあと、彼はステージに戻りバンドのメンバーと握手してまわり、コンサートは終わりました。
時計を見ると1時を過ぎてました。
すごい。5時間のコンサートだ。

隣の人と、昨日の隣の人と3人で連れだって会場を出ました。
「来年はどうするの?」なんて気の遠くなるような話をしながら(そのときはホントに気の遠くなるような先の話だと思ってたんです)、ホテルに帰りました。

 

はじめてみた陳昇。
すごく不思議な気持ちのするコンサートでした。

以前行った、エミールチョウのコンサートの開放されるような楽しさと違って、

「この人の世界は遠くにある」

って思い知らされたようなそんな寂しさを感じました。
でも歌は、紛れもなくわたしの心の中に入って来てた。
会場のみんなもそうだったんだろうと思います。

 

握手してもらうとか、花を渡すとか、そんなことをしたい対象じゃなかったはず。
でも思わずやってしまった(握手を求める)のは、その「寂しさ」があったからだと思う。

でも、ただそこにいてLIVEを楽しめば良かったのかもしれない。
「ただ楽しむ事」ができなかったために、かえって寂しくなった。
「足る」を知らないのは貧しい心のなせる業だ。きっと。

 

でも、もう少し経ったらこの体験ももう少し消化されていくかもしれない。

(98年正月の陳昇コンサートを見終わった後の手記をもとにしました。)

4年近くが経過して・・・2001年12月

もうすぐ2002年のコンサートです。はじめて陳昇のコンサートを見てから4年が過ぎようとしています。コンサートもなんだかんだで13ステージ見ています。台湾にもあれから13回行きました。

先日「2002年跨年コンサート」への気持ちを高める一環として(笑)この4年でコレクションした過去のコンサートのビデオを見返しました。この98年のコンサートもあるテレビ局がダイジェスト版を放映したものを、手にいれてます。

4年がたつと、やはり違った感想になるものです。

当時、強烈に「陳昇はこわい!」と感じたのは理解できます。
いまでも「こわい」と思うことがときどきありますし。
陳昇は私にとって恐いくらいに魅せられているアーチストなのです。

98年のコンサートは全体的に「藍色」のブルーなコンサートだったようです。確かに陳昇はあまり楽しい気持ちではなかったように見受けられます。あのコンサートの直前に新宝島でユニットを組んできた「黄さん」との別れがあったからかもしれません。

ステージ上で「鏡子」を歌ったとき、陳昇は涙を流します。これは客席からはよくわからなかったのですが、TVではアップになっていたのではっきりとわかりました。こんな感じのコンサートだったので、すごく緊張してしまったのでしょう。

MCはまったく聞き取れませんでしたから、彼のそのときの言葉を理解する事は無理ですけど、コンサートを見ていて感じたことはそういうことでした。

あれからいろんなコンサートを見ました。ふりかえってみると98年のコンサートは陳昇の中でも異色だったかもしれません。他のコンサートだったらあんなに「こわい」と思ったかどうか。
でも「こわい」と思ったがために、強烈に惹かれ、その後もどんどのめり込んでいったのでしょうね。そうでなければ、こんなになるまで台湾に通ったかな?ファンレターも書かなかったかも。そう考えると、このコンサートが初体験でよかったかな、とも思うのです。(2001.12.1)

 

☆曲目不完全リスト☆

関於男人・農夫・南風・給我・マッシュルーム・恨情歌(with任賢齊)・最後一次温柔・把悲傷留給自己・然而(withカレンモク.2日目)・大地・「石包」路英雄・歓聚歌・愛與死・車輪PO・福爾摩沙・擁擠的楽園・最後一盞燈・風筝・鏡子・老嬉皮・半生情・紅色気球・美麗新楽園・離開NI走近NI・子夜二時NIZUOSHEMMO・許多年以前・SUMMER・20歳的眼涙

劉若英2曲、乱弾3曲位、任賢齊3曲くらい、カレンモク2曲(2日目)王識賢2曲(2日目)トレイシーホワン2曲

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